Stories for NOTO 能登を想うストーリー

能登官民連携復興センター 久保副センター長補佐 2026.8.4

復興の先を見据え、人と企業を能登につなぐ

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能登半島地震からの復興が続く中、住宅やインフラの復旧に加え、地域を支える人材の確保や新たな産業・事業の創出が大きな課題となっています。

今回は、能登官民連携復興センターで官民連携の推進に取り組む久保副センター長補佐に、復興の現状と未来への展望について伺いました。

Q1.まず、久保さんご自身について教えてください。復興センターに携わることになった経緯は?

私は県職員として長年、奥能登地区での業務に携わってきました。役職定年を迎えるタイミングで、能登官民連携復興センターから声を掛けていただき、県職員を退職して関わることになりました。

震災後の能登では、行政だけでは対応できない課題が数多くあります。だからこそ、行政と民間をつなぐ新しい仕組みが必要だと感じています。

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Q2.能登官民連携復興センターは、どのような役割を担っているのでしょうか。

同センターでは、能登の創造的復興に向けた広域的な中間支援組織として、復興に取り組む団体に対し、「資金」「人材」「ノウハウ」といった支援を結び付け、能登の未来につながるよう取り組んでいます。

Q3. I DO NOTO BASEについて教えてください。
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震災後、能登では復興に関わりたいという方々が全国から訪れるようになりました。しかし、現地で継続的に活動しようとしても、長期滞在できる住まいが不足していることが課題となっていました。

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そこで整備したのが「I DO NOTO BASE」です。のと里山空港敷地内にコンテナ型住居20棟を整備し、能登で起業や新規事業に挑戦する方、地域課題の解決に取り組む学生等に利用していただくことを想定しています。整備工事は、経済同友会からの支援もいただき、石川県が実施しました。

単に住まいを提供するだけでなく、能登で実際に活動するための拠点として活用していただくことを目的としています。

施設の管理・運営は能登官民連携復興センターが行い、生活面や活動面の相談、入居者間の交流、また地域事業者や自治体との関わりについては関係機関へつなぐ等の対応しています。

人口減少や担い手不足が課題となる中で、能登に関わる人材が一定期間腰を据えて活動できる環境を整えることは、復興だけでなく将来の地域づくりにも重要だと考えています。

Q4.能登官民連携復興センターでは、コンプレックス基金を活用した支援にも取り組まれているそうですね。

能登官民連携復興センターでは、ロックユニット「COMPLEX」(布袋寅泰さん、吉川晃司さん)等からの寄付金を活用し、能登の未来につながる取り組みを支援しています。

対象となるのは、子どもの居場所づくりや一次産業の支援、芸術文化活動等、幅広い分野です。

私たちは単に助成金を交付するだけではなく、採択された事業が継続的に地域に根付くよう、伴走支援も行っています。

Q5.具体的にはどのような事業が採択されているのでしょうか。

1次公募(助成額:原則1億円以内)では253件の応募があり、その中から6件を採択しました。

例えば、輪島市の商業施設内に整備する子どもの遊び場や、珠洲市での遊び場づくり、七尾市の牡蠣産業支援、奥能登での芸術プロジェクト等があります。

助成期間は3年間ですが、助成終了後も事業が継続できるよう、収益性や運営体制も含めて支援しています。

2次公募では、新たに小規模枠(助成額:原則2千万円以内) を設けました。123件の応募があり、コミュニティガーデンの整備、トレーラーキッチン事業、魚介類等向けの鮮度保持技術等、現在 9件採択しました。

Q6.久保さんご自身は、震災当日をどのように経験されたのでしょうか。

私は、妻の実家がある能登町柳田に家族といました。

突然大きな揺れが襲い、家の壁には亀裂が入り、地面にもひび割れができました。周囲では山が崩れている場所もありました。

その後、勤務地であるのと里山空港に出勤するため輪島の自宅へ戻ろうとしましたが、道路は至る所で段差が生じており、大型バスも停まっていて思うように進めまず移動を諦めました。

翌日、移動した際に、地元の方々が「ここなら通れるよ」「この道は危ないよ」と道の要所要所で案内をしていました。その誘導を頼りに何とか輪島へ戻ることができました。

改めて感じたのは、災害時には地域の人同士の助け合いが本当に大きな力になるということです。

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Q7.のと里山空港は震災直後、大きな役割を果たしたそうですね。

のと里山空港はもともとエコ空港として、雨水を活用してトイレの使用が可能でした。また、災害時に市町に搬入するための非常食を保管していました。

停電の影響で発災当日は建物を十分活用できませんでしたが、翌日には電気が復旧し、トイレが使えるようになり、飲食も提供できるようになりました。

さらに自衛隊が大量の毛布や食料を運び込んでくださり、多くの方が空港で夜を過ごしました。

道路が寸断される中で、のと里山空港は避難者や支援物資を受け入れる重要な拠点となっていました。

Q8.避難支援に携わられた経験を聞かせてください。

孤立した地域からヘリコプターで空港に避難してきた方々を、金沢方面のホテル等へ移送する二次避難の支援に携わりました。

名簿の確認やバスの誘導、食料の配布等を行いましたが、多くの方が不安を抱えながら空港に集まってこられていました。

その中で、空港は単なる交通施設ではなく、避難者を次の避難先へつなぐ「ハブ」として重要な役割を果たしていたと感じています。

Q9.支援する側の皆さんも大変だったのではないですか。

実は職員も非常に厳しい状況でした。

私自身、約1か月間は自宅に帰ることができませんでしたし、多くの職員も連日の対応で疲労が蓄積していました。

そこで、「3日働いたら1日休む」というローテーション表をつくり、交替で金沢まで行って風呂に入ってもらうようにしました。

その際には、カップ麺やレトルトご飯等を購入してきてもらい、職員の食料として活用しました。

避難者の方々が優先だったため、職員には十分な物資が回らない状況もありましたが、それぞれが工夫しながら対応を続けました。

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Q10.復興において、今最も大きな課題は何でしょうか。

やはり人材不足です。

事業者も自治体も担い手が不足しており、「やりたいことはあるけれど実行する人がいない」という状況が少なくありません。

復興は長期戦です。地域を支える人材を確保し続けることが、今後の大きな鍵になると考えています。

Q11.人材確保に向けて、どのような取り組みを進めていますか。

センターでは求人企業と連携し、全国から人材を募集しています。

事業者のニーズを丁寧に聞き取りながら求人情報を発信した結果、すでに全国各地から複数の採用実績が生まれています。

単に人を集めるだけでなく、能登に定着し、地域の担い手となっていただくことを目指しています。

Q12.能登は若い世代にとってどのような可能性を持つ地域だと思いますか。

能登には空き店舗や空き地も多く、挑戦したい人にとっては大きな可能性があります。

また、能登の人は新しい取り組みに関心を持ち、応援してくれる文化があります。若い世代が新しい事業や活動に挑戦しやすい環境をつくることが、地域の未来につながると考えています。

Q13.企業による復興支援には、どのような可能性があるとお考えですか。

寄付や物資支援だけではなく、人材派遣や専門スキルの提供等、企業が貢献できる分野は数多くあります。

会計、広報、IT、企画等の専門人材は地域でも強く求められています。企業の力が能登の復興を大きく後押ししてくれると期待しています。

Q14.北陸経済連合会や会員企業に期待することはありますか。

まずは現地を見ていただきたいと思っています。

実際に能登を訪れることで、復興の現状や課題、企業が関われる可能性を具体的に感じていただけるはずです。

その上で、人材派遣や企業研修、プロジェクトへの参画等、さまざまな形で関わっていただければ大変心強いです。

Q15.能登の未来に向けて、読者へメッセージをお願いします。

復興は単に元に戻すことではなく、新しい地域づくりに挑戦する機会でもあります。

能登には多くの課題がありますが、その分だけ挑戦の余地があります。地域の方々、企業、支援者が力を合わせながら、次の時代の能登をつくっていきたいと思っています。

ぜひ引き続き能登に関心を持ち、応援していただければ幸いです。

【プロフィール】

久保 修さん

能登官民連携復興センター 副センター長補佐。石川県職員として能登地域の行政運営に携わった後、退職を機に同センターの職員となる。人事・組織運営を担い、官民連携による能登復興の推進に取り組んでいる。

 

一般社団法人 能登官民連携復興センター            

石川県能登地域(特に輪島市、珠洲市、穴水町、能登町、七尾市、志賀町)を対象に、復 興に向けた地域団体の活動への伴走支援、外部支援開拓を行う。

インタビュー:2026.6.9

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